
お笑いの大御所達が一同に会した時は、
普段テレビを見ない取材班も、さすがに胸が熱くなりました。
昔のテレビって、こんなドキドキあったよな。。
爆笑問題の大田が田中康夫を投げ飛ばしていたのが、個人的には一番印象的です。
タモリさんは、サングラスを外すと本人とは全くわからなくなるらしいので、
アルタ前でも気づかれることはないのでしょう。
タモリさん、32年間ほんとうにお疲れ様でした!(數)
「やっぱり武器が好き」
忍者手ぬぐいが生まれた背景として、
私自身のことを少しお話させてください。
正直言いますと、小さいころは特に忍者が大好きというわけではありませんでした。
当時テレビで放映されていたのは、「ハットリくん」「伊賀のカバ丸」「さすがの猿飛」あたりでしょうか。
ごく普通に見てた感じです。
かなりのテレビっ子だったのですが、
それと同時に、私は「武器」を作るのが大好きな少年でした。
はっきり記憶しているのですが、生まれてはじめて作った武器は、テレビアニメのギャートルズで見た「石斧」でした。
元来石器というものは、固く、割れた際に鋭利な刃物になる「カヌサイト」や「黒曜石」などを使用します。
しかし、私の生まれた場所ではそのような石は取れなかったので、海岸で拾った石を砥石で研いで、棒にビニール紐で結わえて何となく石斧にしていました。
それでも十分に楽しかった記憶があります。
小学校時代一番憧れたのは、アニメ映画「カリオストロの城」の初めの方で、ルパンが崖から墜落するクラリスを助けるために、ベルトのバックルから飛び出したワイヤーの「鉤縄」です。
「一体どんな仕組みになってるんだ??」と想像を膨らませていました。
家にあった太い釘を曲げて何本か組み合わせて鉤縄らしきものを作り、外便所の屋根に引っ掛けて遊んでいました。
次に憧れたのは、寺沢武一のコブラに登場する「サイコガン」です。
コブラを読んだ方ならご存知かと思いますが、コブラの左腕には、精神力で発射する銃がついています。
私にはありがたいことに両方の腕がありますので、左手に新聞紙とガムテープで作ったサイコガンを付け、更に同じようにして作った腕を着脱して遊んでいました。
結果、左腕がとても長くなってしまい、かなり滑稽な絵になっていました。
更に憧れたのは、週刊少年ジャンプで連載していた「ブラックエンジェルズ」の雪藤が武器として使っていた「自転車のスポーク」です。
壊れた自転車の車輪が家にあったので、ペンチでスポークを切り離し、先端を鋭利に研いだものを何本も作っていました。
今思えばこれが一番忍者っぽかったです。
この頃は「必殺仕事人シリーズ」の全盛期だったと思います。
学校から帰ると必ず再放送がやっていました。
藤田まことも京本政樹も三田村邦彦も好きですが、やっぱ中条きよしが演じていた「三味線屋の勇次」が大好きでした。
仕事をする時の「ギリリ…」という効果音も、山田五十鈴との渋い絡みも良かったんです。
中学時代には「ランボー」が流行って、ナイフ作りにハマります。
とはいっても、広告によく出ていた「ランボーナイフ」などは高価過ぎて買えなかったので(三万以上した)、安い切り出しナイフを工具屋さんで買ってきて自分なりに改造し、山に入っては悦に浸っていました。
祖父が金属ヤスリの片側をグラインダーで削り、刃を付けたナイフを使っていたので、それを真似したりしていました。
また弓矢作りにも夢中になりました。
これはテレビのドキュメンタリー番組で、何処かの原住民の方が大きな川の向こう岸を狙って、巨大な弓で矢を放っている場面に触発されたんです。
自分で竹を割って弓を作り、冬の田んぼに入ってその威力を試していました。
簡単な仕組みですが「ボウガン」にもチャレンジし、家の裏に放置されていた古い畳に発射して、その威力を試していました。
その流れで高校では弓道部に入ってしまいます。
そんな感じで木や竹を削ってばかりいたので、
刃物との付き合いはとても早かったと思います。
何回も手や指を切って血を流していました。
決して他人を傷つけたいとかそんな気持ちではなく(※特に事件なども起こしておりません)、
ただ単純に武器がカッコ良く見えたのです。
大人っぽくいえば「機能美」ってやつです。
男子特有の気持ちだと思います。
強い自分に憧れてたんでしょうね。。
親も相当ヒヤヒヤしていたと思います。(続く)
<これまでの記事>
ニンジャムのこと その1「忍者でモテたい」

世界中でますます熱を帯びる「NINJA」ブーム。
今回は海外からいらっしゃったお客様に当研究所の「忍者手ぬぐい」を装着していただき、その感想を聞くという企画です。

記念すべき第一回目の標的となったのは、スウェーデンからいらっしゃった、
グラフィックデザイナー兼エディターのKami Ananiさんです。
日本のサブカルチャーをこよなく愛する彼ですが、
忍者に変身するのは流石に初めてとのこと。

とりあえず被っていただきます。

「日本人の考えることは謎だ。。これが東洋の神秘か。。」

お鼻が高いので、手ぬぐいがずれないか心配です。

鏡を見て「レスラーみたいダネ」とは本人の弁。
否定はできません。。
忍者の服も着ていただきました。

「アチョー!!」
ノリノリです。
もう誰もヤツを止められません。

いざ戦いの舞台へ!
姫はオレが守る!!
I’m a LAST SHINOBI !!

邪魔する者は全てたたっ斬る!!
one for NINJA, all for NINJA !!

「忍者のおいたん、助けてくれてありがとう!」
「そのお言葉、MOTTAINAI…」
今回の忍務も無事完了しました。
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取材班:「Kamiさん、忍者手ぬぐいを被ってみて、如何でしたか??」
Kamiさん:「私にとって新しい世界の扉が開いた。これからも外国で忍者の需要と活躍はますます広がるだろう。」
とても心強いお言葉を頂き、将来に一筋の希望が持てた取材班でした。
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忍者モデル大募集!!
京都近郊で忍者手ぬぐいを被ってみたい方は、
info◎nin-jam.com (◎を@に変えてください)までご一報ください。
ニンジャム取材班が馳せ参じます!
「忍者でモテたい」
みなさん、いつも「ninjam.com」をご覧いただき、本当にありがとうございます。
皆さんからたまにリツートしていただいたり、「いいね」していただけるのを心の励みにして、トボトボと続けてまいりました。
気がつけばはこのサイトを立ち上げてから一年半になろうとしています。
ここらでちょっとだけ、ニンジャム研究所のコンセプトをおさらいしてみようと思います。
しばらくの間お付き合いくださいませ。
最初はほんの思いつきでした。
もう3年前になるでしょうか。
私こと數間幸二は、京都の河原町近辺をブラブラしている時に偶然「おかめひょっとこ手ぬぐい」を見つけたのです。
そこは、最近流行しているメジャーな手ぬぐい屋さんでではなく、ちょっと(かなり)古びた感じの、何を売ってらっしゃるかよくわからない店の軒先でした。※この手拭は、東京浅草で作られていることを後日知ります。
「おかめひょっとこ手ぬぐい」には目のところに穴があいていました。
それを頭に被った日には、滑稽でとても剽軽な気持ちになるのは容易に想像できました。
ただあくまで「おかめひょっとこ」です。
決してモテることはないでしょう。
男子たるもの、変身するからにはやっぱり格好良くなりたい。
モテたい。。
「おかめひょっとこ」をもっと格好良くしたら???
「忍者手ぬぐい」のイメージを思いつくまでに、それほど時間はかかりませんでした。
そして、長年の友人であった手ぬぐい作家ソメクサことsometaeさんに協力を依頼し、また身近な信頼できるサイバー忍者に声をかけて、現在のような研究所としての体制が整いました。
最初は面白い忍者グッズができたらいいな、それだけを考えていました。
(続く)

